3 決算書の正体

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◆貸方と借方

 日本における会計の土台ができたのは明治時代、複式簿記を日本にもち込んだのは福澤諭吉です。1873年(明治6年)に、アメリカで使われていた当時の簿記の教科書を和訳して『帳合乃法(ちょうあいのほう)』という本に著わしたのがはじまりです。

 文献を見てみると諭吉は、「貸方(かしかた)と借方(かりかた)だけは翻訳に困ったらしい」と書いてあります。日本の簿記会計で出てくる貸方・借方はたんに「右左(みぎひだり)」の符号(符牒)にすぎません。おカネの貸し借りとは無関係です。英語では「Creditor貸し主・債権者」、「Debtor借り主・債務者」。「貸」と「借」を直訳したようです。(当時は縦書きが主流だったため“右左”は使えませんでした。諭吉に関しては諸説あります)

 

 同じように、直訳で意味がわからなくなったのが「フルコストとダイレクトコスト」、「全部原価と直接原価」です。誰かが「フル」を「全部」と訳したのでしょう。そして「ダイレクト」は「直接」です。日本語になると意味がわからなくなる良い事例です。それを専門家は、あたりまえのように使うから社長たちは困惑する。ちなみに中国、台湾では日本と同じ「貸方・借方」。韓国では「貸辺(대변:デビョン)・借辺(차변:チャビョン)」というそうです。

 

◆複式簿記

 複式簿記の解説を見ると次のように書いてあります。

複式簿記(ふくしきぼき、英: Double-entry bookkeeping system)とは、簿記において、全ての簿記的取引を、その二面性に着眼して記録していき、貸借平均の原理に基づいて組織的に記録・計算・整理する記帳法のことをいう。

 

 このような説明が「会計嫌い」を増やしているのかもしれません。複式簿記(Double-entry bookkeeping system)とは「左と右に金額を2回書く」という意味です。これに対して単式簿記(Single‐entry bookkeeping system)では金額を1回しか書きません。江戸時代の商家が使っていた大福帳です。

 100円のボールペンを現金で買った場合、複式簿記では「左側(借方)にボールペン代100円、右側(貸方)には現金100円」のように金額を2回書きます。会計ソフトに入力する際に左右に金額の入力欄があるのはこのためです。

左側(借方):事務用品費100円 / 右側(貸方):現金100円

 記録されたすべての取引の左側(借方)と右側(貸方)の金額をそれぞれ合計すれば、当然一致します。これを「貸借平均の原理」などと専門用語で解説するから、社長たちはますます会計が苦手になっていくのです。

 会計ソフトに左右同じ金額を入力するのだから1回でも良さそうに思えますが、2回入力することが、この先、会計情報を経営に活用するうえでさまざまな問題を含んでしまったのです。「第4章・社長のための会計情報活用法」で解説する予定です。

 

◆決算書

 決算書は、貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書の3表あります。このうち、キャッシュフロー計算書は中小企業では作成義務がありません。

 「貸借対照表」、仰々しい日本語ですが英語では「バランスシート」。バランスシートは、貸借(右左)それぞれの金額が一致している、つまりバランスしているからバランスシートだと思っている人が多いようですが、じつは違ったのです。

 バランスシートの「バランス」とは、「均衡」「バランスをとる」という意味ではありません。英和辞典には次のように載っています。(一部抜粋)

 

[balance]

均衡、調和、天秤、はかり、残高

 

 バランスシートの「バランス」とは、「栄養のバランス」のバランスとは違います。「残高」という意味です。そのまま「残高表(残り表)」と訳されていたら、会計で苦しむ人が減っていたかもしれません。会計をわかりにくくした最大の原因だと感じています。

 

 貸借対照表(B/S)とは、資産・負債・資本に属する勘定科目を左と右に並べただけの表にすぎません。3月決算の企業では、3月末の勘定科目ごとの会計恒等式における残高(次繰の金額)を左右に並べた表だったのです。貸借が一致するのは、「複式簿記」だからです。

 


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