3 財務分析・経営分析

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◆財務諸表分析の起源と原型

 会計を学ぶ動機はそれぞれですが、決算書が読める、作れるようになると、もっと高度なことができないか、考えはじめます。決算分析、財務分析、経営分析、そして他の企業への経営助言や経営指導です。

経営分析は、いつ、どこで、誰が、何のために考え出したのか、知りたくなりました。

 

◇日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)から一部抜粋

 経営分析は、アメリカにおいて銀行業者が、融資先や投資先である企業の債務返済能力や財産状態の良否を知るために貸借対照表の提出を求め、これを詳細に分析したことに起源するといわれる。これは信用分析とよばれ、現在でも銀行の審査部で行われている。

 

 さらに調べていくうちに、ある日本人学者が書いた古い文献に行き着きました。1969年(昭和44年)に発表されたもので、そこには次のような記述があります。

 

 「財務分析の数値を使った企業分析は、その出発点において信用分析を目的とした比率分析として登場する。本節では、こうした比率分析のアメリカにおける展開過程を、ジェームズ.O.ホリガンの論文に基づいて素描しておこう。」

 

 古い文献のためか、難しい言い回しが多いのですが、抜粋して紹介します。表記仮名遣いは原文のままです。

 

 財務諸表分析は、すでに1870年代のアメリカでは、銀行が貸付目的のために財務諸表を要求し始めている。1890年代の後半に、流動負債に対する流動資産を比較する実務が登場した。事実、財務諸表分析に比率を用いることは、流動比率の出現によって始まったということができる。

 その後、1900年代には多くの比率が考案され、絶対比率基準が登場した。もっとも有名なのが流動比率の2対1基準。企業比較分析の必要性が認識されはじめ、相対比率基準も登場する。経営管理目的のために比率を使うという展開が始まりつつあった。

 

 興味深いのが「流動比率の2対1基準」。1900年代に考え出されたこの基準が現代までそのまま引き継がれているという点です。

流動比率は200%以上が望ましい

すでに100年以上も前から言われていたのです。

労働分配率は50%以下が望ましい

飲食店の原価率は30%以下に抑える

借入金は月商(売上)の4カ月分が限度

支払利息は売上高の3%以内

 

 会計業界で“まことしやか”に言われていることは、当時は根拠があったのかもしれません。しかし100年もの間、「なぜ200%なの?」という疑問はなく、税理士やコンサルタントなどの専門家たちはこれをあたりまえのように説明しているのが現状です。科学とはかけ離れた「伝統芸能」の世界です。

 

 ホリガンは、この事例として1919年頃に比率三角制度(a ratio“triangle”system)を使用し始めたと述べている。この制度は三角の頂点に投資利益率(利益÷総資産)が置かれ、三角の底辺に売上利益率(利益÷売上)と資本回転率(売上÷総資産)が配置されている。

 

 現在の「総資本経常利益率=総資本回転率×売上高経常利益率」の原型が、すでに1919年に考えられていたようです。

 

 1920年代になると比率に対する関心が増し、協会、大学、信用代理店、アナリスト(分析家)たちによって工業比率のための資料が作成された。

 1930年代は恐慌の影響を受け、企業経営の困難な時期でもある。したがって、倒産の前兆を比率分析に頼る傾向があり、いろいろな手法が展開された時期でもある。自己資本比率、負債・資本比率、固定資産・自己資本比率の3つが倒産前兆の有力な指標として重要視された。

 1940年のはじめは、倒産企業を予知するための比率の研究が進む。そのなかに、マーウィンの3つの比率が示されている。「1.総資産対純運転資本比率」「2.負債・資本比率」「3.流動比率」

 1946年以降は、経営管理用として投資報酬比率からProfitMarginや資本回転率が注目されるようになる。とくに、中小企業の経営管理用ツールとして、これら比率の効用に多くの関心が向けられた。そのなかでも重要なのが、財務比率の厳格なチェックが行われ出したことである。

 

 現在、会計人やコンサルタントが行っている経営分析の原型は、1870年まで遡ることがわかりました。私がもっとも興味深かったのは続きの部分、「比率分析の限界認識」です。

 

◆財務分析の限界

 今回引用した文献には、「比率分析の限界認識」と「限界の性格とその本質」について、それぞれA4で6ページにわたって掲載されています。抜粋して紹介します。なお、表記仮名遣いは原文のままです。

 

(比率分析の限界認識)

 比率分析による理論と実務は、その方法と結論が単純で明快であるがために大いに拡ろがった。しかしそうしたなかで、比率分析に対してその弱点を指摘し、それに代わるものとして、趨勢法(すうせいほう・Trend method)を積極的に提起した人物が登場する。それがギルマンである。

 

 ギルマンは比率法に対して4点の反対を述べている。

1.どの貸借対照表の比率も、2項目間の関係を表しており、比率の年々の変化はいずれもその比率の構成するいずれの項目の変化であるかを調べることによって解釈しなければならない。

2.比率はきわめて人為的な数字であるがために、実際の貸借対照表を調べようとすると、時に困難となる。

3.いろいろな比率は、おそらくその信頼性に差異があろうから、最終的に正当なものとはみられない。

4.比率法で貸借対照表を研究する際に、いろいろな要素の関係を俯瞰することがむつかしい。

 

 ギルマンはこうした見解をふまえ、一時点での比率分析に対し、数期間の連続的な趨勢をみることにより、企業の状態を正しく捉えられるとして趨勢法を主張し、趨勢法の長所を6点にまとめている。また、ギルマンはこの時期にすでに標準比率に対する一定の限界認識をもっていたことは注目すべきであろう。

 

 1920年代において、比率分析の限界を主題としたW.A.ペイトンによる論文がみられる。ペイトンは比率の重要性を認めた上で、比率に対する過大評価からは何物も出てこないと指摘した。さらにペイトンは、第一順位の重要度をもつ比率は3つあるとした。「1.投資報酬率、2.自己資本比率、3.総収益ないし総生産対経費比率」

比率の重要度によるランクを明確にすることが大切で、無意味な比率は計算する値打もないとするのである。

 

 ペイトンはなぜ、比率に対してきびしい態度をとるのであろうか。自己資本比率を例にとりあげての説明では、唯一の理想比率が存在し、それに近づけば近づくほど事態が好転していると考えてよいものであろうか。流動比率を例にとっての場合も、この比率が高ければ高いほど良好とみてよいのであろうかと、経営分析の常識に対し、真正面から挑戦している。回転率については、一般に、回転の増大は無条件に望ましいとする考え方が支配的であるが、はたしてこうした考え方に問題を提起している。

 

 こうした比率分析の限界について、わが国の研究者のなかにも早くから発言している人たちが存在する。その代表者、蜷川教授の「経営分析と経営統計(昭和10年)」には次のような記述がある。

「貸借対照表分析の実際的方法として採られる所謂比率法(Ratio method)にしても趨勢法(Trend method)にしても、それらの方法によって求めた結果が企業の財政に就いて実質的に何を語り如何なる意味をもち得るか、またそれらの各個の値を綜合して何が得られるか等々に就いては、理論的基礎が必ずしも充分であるとは思われない。

 (中略)

 例へば、取引財産と短期負債との比率即ち所謂流動比率にしてもその値が果して幾何の企業の信用能力の尺度となるか甚だ問題であろう。

 (中略)

 企業の経済性からその資本を活用する限り、仮令流動比率の示す値が小であっても、信用の安全に於いて必ずしも欠陥があるとは断じえない場合がある。蓋し、取引財産及び短期負債の内容性質がこの数値だけでは明かにされぬばかりでなく、企業の財政全体が如何になってゐるか、またその基礎をなしてゐる経営の一般状態がそうであるか、それらの諸条件がこの比率によって全く示されてゐないからである。」

 

 難解な文章が続きましたが、経営分析を使って指導する立場の人たちにはぜひ読んでいただきたい内容です。引き続き抜粋要約してお伝えします。

 

(限界の性質とその本質)

初期経営分析論は、比率分析の限界について、すでに述べてきたとおりの認識を示している。このことは、比率分析に代表される経営分析手法が、当初から必ずしも実体を正確に把握しているとは考えられていないことを示すものであろう。

 

 第1の問題は、分析の対象となる決算日現在の財務諸表の意味である。とくに決算日現在の貸借対照表が、当該企業の財政状態の平常の典型的表現をなしていると考えること自体が不自然なことは実務の経験からすれば常識というべきであろう。この場合、粉飾の問題を度外視しても、一般に決算日現在の貸借対照表は、期中の平均的な貸借対照表から、大きくかけ離れていることが多いと考えられる。だから、こうした異常ともいうべき貸借対照表による比率分析は、決して企業の実態を示すものではない。

 

 第2に、第1の点に加えて、これらの財務諸表の数字は、当然のことながら、決算政策等により粉飾されたものと考えるのが常識であろう。この場合には、貸借対照表のみならず、損益計算書も含めて決算財務諸表の粉飾性が問題になる。そしてその粉飾の内容や程度は千差万別であるにもかかわらず、比率分析のためには普通こうしたことは無視され、結局は、かかる粉飾の吟味を行わずに、機械的な比率を計算するのである。しかし、それは決して実態を正確に捉えているとは言えないのである。

 

 最後に、企業が公表するために作成する財務諸表は、一定の会計計算制度に基づいて作成される。たとえば、わが国では、商法、財務諸表規則、法人税法の3つが代表的な計算制度である。ところが、これら3つの計算制度は、すべて法律制度でありながら、それぞれの立法趣旨が異なるために、会計計算や会計処理の大筋では一致するものの、具体的には、個々の項目によって、処理手続きが一致せず、したがって、財務諸表の勘定科目の金額が異なることが現実に生じてくる。したがって、比率も当然違ってくる。

 

 そして最後には、面白いたとえ話が載っています。

 

 たとえば「ある人に会社の名前も業種も全く明かさないで、財務諸表だけを分析して貰い、もう一人には、会社の名前を明かして同じ財務諸表を分析して貰えば、どんな結果になるでしょうか。案外反対の結論が出るかも知れません。

 

 分析のもとになる決算書を作る段階でも同じことが言えます。税理士が違えば、経理部長が違えば、同じ会社でも異なる決算書ができてしまうことは容易に想像することができます。

 

 経営分析、決算分析への疑問から端を発して1900年代まで遡ってしまうとは、思いもよりませんでした。

 引用したのは1969年(昭和44年)に書かれた論文です。興味のある方は読んでみてください。

 

(引用文献)

京都大学経済学会 野村秀和・「経済論叢」第104巻 第4・5・6号

 経営分析の背景を、会計人や中小企業診断士の人たちにぜひ知っておいてほしいと思い、この章をあえて追加しました。

 分析の説明を受けたとき、社長たちは聞いてみてください。

「その根拠は何ですか・・・」と。

 


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