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経営分析表の「収益性」の項目には、「総資本回転率・流動資産回転率・売上債権回転率・棚卸資産回転率」などが並んでいます。回転率という名称がつく指標は、分子は売上高、分母は総資本や流動資産など指標によって変わります。
「棚卸資産回転率」について考えてみます。
棚卸資産回転率(回)= 純売上高÷棚卸資産
分子は損益計算書の純売上高、分母は貸借対照表に記載されている期末の棚卸資産(商品、製品、半製品、原材料、仕掛品、貯蔵品の合計)です。建設業では「未成工事支出金」も含まれます。
回転率ではなく、回転期間(日数)で計算している会計ソフトもあります。回転期間の場合は分子と分母が入れ替わり、売上高を365日で割って日数に換算します。
棚卸資産回転期間(日)= 棚卸資産÷(純売上高÷365)
= 棚卸資産÷純売上高×365
経営分析の書籍などを見ると、棚卸資産回転率や回転期間に関して次のような解説が載っています。
売上に対して在庫を何か月分(何日分)持っているか、または、在庫をすべて販売するためにかかる期間のこと。棚卸回転率が2回転、あるいは回転期間が180日のときは、6ヶ月分の在庫を持っていることになり、6ヶ月経過しないと在庫は販売されないことを意味する。
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棚卸資産回転率が、1年間に何回転するのかを見る指標であるのに対し、回転日数は、1回転するのに何日かかるのか、この日数が棚卸資産の何日分の在庫量に相当するのかを示す指標である。棚卸資産を平均月商(売上)で割れば、棚卸が平均月商の何カ月分あるのかを示す指標になる。
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棚卸資産回転率は、1円の棚卸が生み出す売上を表している。例えば、売上高が1000万円、棚卸資産が200万円の場合、[売上高1000万円÷棚卸資産200万円=5回転]となり、1円の棚卸資産は、5円の売上を生み出すことになる。
当時、決算書の分析手法を身につけようと学んだ経営分析ですが、これら3つの説明は、いま読み返しても私には理解できません。さらに、指標そのものに対しての疑問がわいてきます。
(疑問その1)棚卸資産はいつの時点の金額なのか?
「期末の棚卸資産」を使うケースと、「期首と期末の棚卸資産の平均値」を使うケースの2通りの計算方法があります。「一般的には、期首と期末の平均値を用いる」と書かれている書籍もあります。
次のような決算書があったとします。
・期首(前期末)棚卸資産:4,000万円
・期末(当期末)棚卸資産:8,000万円
・年間純売上高:12億円
「期末の棚卸資産」を用いて計算すると棚卸資産回転率は、
[12億円÷8,000万円]で[15回転]です。
「期首と期末の平均値」で計算すると
[12億円÷{(4,000万円+8,000万円)÷2}]、[20回転]です。
回転期間で計算した場合は[8,000万円÷12億円×365=24.3日]と
[{(4,000万円+8,000万円)÷2}÷12億円×365=18.3日]。
回転率、回転期間どちらの場合でも、計算結果は大きく異なります。
(疑問その2)決算月が変われば指標の値も変わる
季節商品などを扱っている企業や閑散期と繁忙期がある企業では、月によって在庫の金額が変動します。
在庫が多い月を決算月にしている場合には、指標は悪くなります。逆に在庫が少ない月を決算月にしている場合には、指標は良くなります。「翌月に大口の注文が入ったため一時的に大量に仕入れた場合など、在庫が増えた月がたまたま決算月だった」というような場合にも、指標が極端に悪化します。
棚卸の評価方法(先入先出法、総平均法、最終仕入原価法など)の違いも計算結果に影響します。同業他者や前期と比較する際には注意が必要です。ほかの指標についても言えることです。
(疑問その3)なぜ計算式に売上高が含まれるのか?
そして3つ目の疑問、「計算式に“売上高”が含まれているのはどうしてなのか」。そして私がいまだに理解できない部分「売上に対して在庫を何か月分(何日分)持っているか」です。
売上に対して在庫を何か月分(何日分)持っているか、または、在庫をすべて販売するためにかかる期間のこと。棚卸回転率が2回転、あるいは回転期間が180日のときは、6ヶ月分の在庫を持っていることになり、6ヶ月経過しないと在庫は販売されないことを意味する。
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1年間の商品の動きを示す会計恒等式と売上高の関係を示した図表です。売上高12億円は、会計恒等式の期中売上(売上原価)4.8億円と販売時の粗利益7.2億円の合計です。
棚卸資産回転期間(日)= 棚卸資産÷(純売上高÷365)
= 棚卸資産0.8億円÷純売上高12億円×365
この計算式に当てはめてみると[24.3日]です。
回転期間が180日のときは、6ヶ月分の在庫を持っていることになり、6ヶ月経過しないと在庫は販売されないことを意味する。
この説明に当てはめると、
回転期間が24.3日のときは、24.3日分の商品在庫を持っていることになり、24.3日経過しないとこの商品は販売されないことを意味する。
以前、ある政治家の発言が話題になったことがあります。
「今のままではいけないと思います。
だからこそ、日本は今のままではいけないと思っている」
どちらも同じ言葉を繰り返しているだけで、意味がなく内容もありません。
(トートロジー:tautology)
なぜ、「回転期間が24.3日のときは、24.3日分の商品在庫を持っている」ことになるのか、説明はありません。
期末在庫の8,000万円は“原価”です。しかし、売上の12億円は利益を含んでいます。原価の在庫と利益を含んでいる売上との間には、どのような相関関係が見い出せるのでしょうか。
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売上高に代えて売上原価を使って計算した結果は[60.8日]です。
棚卸資産回転期間(日)= 棚卸資産÷(売上原価÷365)
= 棚卸資産0.8億円÷売上原価4.8億円×365
1日当たりの単純平均計算で“60.8日分の商品在庫を持っている(注”ことになります。
期中の仕入れで計算するとどうなるでしょうか。
棚卸資産回転期間(日)= 棚卸資産÷(期中仕入÷365)
= 棚卸資産0.8億円÷期中仕入5.2億円×365
この場合は“56.1日分の商品在庫”ではなく、1日当たりの単純平均計算で“56.1日分の仕入れを持っている(注”となります。
注)仕入も売上原価も意味が通じる(この式が成り立つ)のは、分子も分母も“原価”だから
です。
ただし、決算書に記載された「商品仕入勘定」には、商品仕入のほかに、仕入運賃など
の仕入諸掛、仕入れに付随する費用が含まれています。「期末の製品や仕掛品」には労
務費や製造経費の配賦金額が含まれています。簡単には計算できません。
棚卸資産回転率の計算式、分子には売上高があります。
棚卸資産回転率(回)= 純売上高÷棚卸資産
「なぜ、売上高なのか」長年の疑問でした。その答えがわかったのは、ある論文を読んでいたときです。1919年頃にすでに「資本回転率(売上÷総資産)」の指標があったのです。そして100年経った今でも使われ続けていたのです。(詳しくは次ページ以降を参照)
総資本回転率(回)= 純売上高÷総資本
総資本回転率とは、企業が投下した総資本に対して何倍の売上を計上したかを把握するための指標です。そして棚卸資産回転率は、その“内訳明細”だったのです。
決算書の左側、総資産を見ると「流動資産」と「固定・繰延資産」に分かれています。流動資産はさらに「当座資産・棚卸資産・その他流動資産」に分かれています。総資本回転率の“内訳明細”です。
総資本回転率が低いのはどこに原因があるのか。固定資産なのか当座資産なのか、あるいは棚卸資産なのか、掘り下げて見るためには分子はすべて“売上高”である必要があったのです。
会計人やコンサルタントが解説しているような、
「売上に対して在庫を何か月分(何日分)持っているか」
という意味ではありません。このような説明が社長たちを惑わせるのです。
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「売上も利益も順調に伸びているようですが、キャッシュフローを見ると借入金が増えています。それと、昨年より在庫が増加し、棚卸資産回転率が落ちています。在庫の増加は、資金繰りを圧迫するおおきな要因のひとつです。不良在庫や見込み仕入など、見直しが必要ですね。」
安易な経営分析や解説は、社長の心には響かないようです。
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